世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

時の彼方で 27 訣別

時の彼方で 27 訣別

27

島原の地は、荒涼としていた。

草木のない畑作地帯のあちこちに、倒れた兵士たちの亡骸が転がり、戦の激しさを物語っている。

遠くには翠玉色の海が霞んで見え、そこから吹く風はどこか冷たい。

武蔵春信は、路傍に立ち尽くしていた。

手足は疲労と戦の傷で重く、右足には深い傷が刻まれている。

彼の脇には血染めの投足が転がり、動くたびに痛みが足元から身体中に響いた。

彼は幕府軍としてこの島原の乱に参戦していたが、今や負け戦が濃厚だった。

その時、目の前に一人の若者が立ち塞がった。

「大和殿…ここにいたのか…」

武蔵が疲れた声で言うと、若者は武蔵に向かって一歩近づき、顔を上げた。

だが、その表情には冷淡さが宿っていた。

「その足では戦は無理じゃ。帰れ」と、若者は言った。「足がふらつくのは、怪我のせいではござらん。オツムの病のせいじゃ」

「大和殿、待ってくだされ。まだ話は終わっておらん…」

武蔵の声に若者は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに平静を取り戻した。

そして、静かに言葉を投げかける。

「我はヤマトではない、シローという名じゃ」

「シロー?」

「そうじゃ、天草四郎じゃ」

武蔵はその言葉に一瞬だけ目を細めた。

そして、静かに頷く。

「ほう…さすれば、大和殿ではないのか。シロー…」

「そうだ。シローじゃ。あんたの敵だ」

武蔵は肩で笑い、痛む足を引きずりながらその場に腰を下ろした。

彼の目は遠くを見つめ、まるで自分の最期を悟っているかのようだった。

「わしはここで死ぬのか?」

「あんたはここでは死なんよ、早く大久保の道場に帰りなよ」

武蔵はしばらく黙っていたが、やがて力なく笑い出した。

「やはり大和殿で間違いないのう。仲間たちは無事に帰れたのか?」

「たぶんな」

「のぅ?あの子らは真丸と同じく、何だ、その…」

「ああ、耳が聴こえんよ」

「そうか、それでも剣技に励んでおるのじゃな」

「ああ、彼らなりに頑張っている」

「おぬしがあやつらの頭か?」

「え、頭といえば頭かな?」

「あの子らのことは、よろしゅう頼む」

「帰れたら言っとくよ」

武蔵は静かに頷きながら、松井大和…いや、天草四郎の姿を見つめた。

だが、大和はすぐに背を向け、歩き出した。

武蔵の方へ振り返ることなく、ただ遠ざかっていく。

「大和殿、また会えぬかのう?」

武蔵の声が後ろから追いかけてくる。

大和は答えた。

「いや、会うことはないだろう。それよりも武蔵さん」

「何じゃ?」

「あの時、仲間を止めてくれてありがとう」

「仲間を止める?」

「ああ、人殺しをさせないでくれて」

そう言いながら、大和は振り返ることなく、最後の言葉を残した。

「命を大事にしなよ、武蔵さん」

その言葉が風に乗り、消え去ると同時に、松井大和の姿も戦場から消え去った。

武蔵はただ一人、その場に残り、沈む太陽を見つめていた。

翠玉の海が赤みを帯び、やがて薄暗い闇が島原の地を包み込んでいった。

 

つづく

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