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島原の地は、荒涼としていた。
草木のない畑作地帯のあちこちに、倒れた兵士たちの亡骸が転がり、戦の激しさを物語っている。
遠くには翠玉色の海が霞んで見え、そこから吹く風はどこか冷たい。
武蔵春信は、路傍に立ち尽くしていた。
手足は疲労と戦の傷で重く、右足には深い傷が刻まれている。
彼の脇には血染めの投足が転がり、動くたびに痛みが足元から身体中に響いた。
彼は幕府軍としてこの島原の乱に参戦していたが、今や負け戦が濃厚だった。
その時、目の前に一人の若者が立ち塞がった。
「大和殿…ここにいたのか…」
武蔵が疲れた声で言うと、若者は武蔵に向かって一歩近づき、顔を上げた。
だが、その表情には冷淡さが宿っていた。
「その足では戦は無理じゃ。帰れ」と、若者は言った。「足がふらつくのは、怪我のせいではござらん。オツムの病のせいじゃ」
「大和殿、待ってくだされ。まだ話は終わっておらん…」
武蔵の声に若者は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに平静を取り戻した。
そして、静かに言葉を投げかける。
「我はヤマトではない、シローという名じゃ」
「シロー?」
「そうじゃ、天草四郎じゃ」
武蔵はその言葉に一瞬だけ目を細めた。
そして、静かに頷く。
「ほう…さすれば、大和殿ではないのか。シロー…」
「そうだ。シローじゃ。あんたの敵だ」
武蔵は肩で笑い、痛む足を引きずりながらその場に腰を下ろした。
彼の目は遠くを見つめ、まるで自分の最期を悟っているかのようだった。
「わしはここで死ぬのか?」
「あんたはここでは死なんよ、早く大久保の道場に帰りなよ」
武蔵はしばらく黙っていたが、やがて力なく笑い出した。
「やはり大和殿で間違いないのう。仲間たちは無事に帰れたのか?」
「たぶんな」
「のぅ?あの子らは真丸と同じく、何だ、その…」
「ああ、耳が聴こえんよ」
「そうか、それでも剣技に励んでおるのじゃな」
「ああ、彼らなりに頑張っている」
「おぬしがあやつらの頭か?」
「え、頭といえば頭かな?」
「あの子らのことは、よろしゅう頼む」
「帰れたら言っとくよ」
武蔵は静かに頷きながら、松井大和…いや、天草四郎の姿を見つめた。
だが、大和はすぐに背を向け、歩き出した。
武蔵の方へ振り返ることなく、ただ遠ざかっていく。
「大和殿、また会えぬかのう?」
武蔵の声が後ろから追いかけてくる。
大和は答えた。
「いや、会うことはないだろう。それよりも武蔵さん」
「何じゃ?」
「あの時、仲間を止めてくれてありがとう」
「仲間を止める?」
「ああ、人殺しをさせないでくれて」
そう言いながら、大和は振り返ることなく、最後の言葉を残した。
「命を大事にしなよ、武蔵さん」
その言葉が風に乗り、消え去ると同時に、松井大和の姿も戦場から消え去った。
武蔵はただ一人、その場に残り、沈む太陽を見つめていた。
翠玉の海が赤みを帯び、やがて薄暗い闇が島原の地を包み込んでいった。
つづく
