9.十年前の約束
地下十二階。
巨大な格納庫は、静まり返っていた。
天井は高く、白い照明が規則正しく並んでいる。
その中央に、一隻の宇宙船が静かに眠っていた。
ハルトは思わず足を止める。
「……これが」
声にならない。
宇宙船という言葉から想像していた姿とは違っていた。
鋭く前へ突き出した機首。
左右へ伸びる短い主翼と、小さな補助翼。
戦闘機を思わせる引き締まった機体は、今にも発進できそうな緊張感をまとっている。
それでいて、七年をかけて丁寧に修復された白い外板は、博物館に展示された名機のような気品さえ漂わせていた。
ハルトは、その鋭さと美しさから目を離せなかった。
「きれい……」
その一言だけが漏れた。
脇田が笑う。
「俺たちが乗って帰ってきた頃は、もっとひどい姿だった」
「ひどい?」
「ツギハギだらけ」
「焦げだらけ」
「よく飛んだなって船だった」
レイは黙って歩き始めた。
船の前まで来ると、ゆっくり手を伸ばす。
銀色の船体をそっと撫でる。
まるで、長い間会えなかった友人の肩に触れるようだった。
「……綺麗になったな」
脇田も隣に立ち、船体を見上げた。
「色まで変わっちまったけどな」
「ああ。昔は濃い青だった」
ハルトが二人を見る。
「名前も違ったんでしょ?」
レイが頷いた。
「X50」
「帰還したあと、アキュラ・スターって名前がついた」
脇田が笑う。
「俺たちは今でもX50って呼んじまうけどな」
施設責任者補佐の女性が静かに言った。
「修復には七年かかりました」
レイは振り返る。
「七年も?」
「ええ」
彼女は船体を見上げた。
「当初は新品同様に復元する案もありました」
「ですが、保存委員会が反対しました」
ハルトが尋ねる。
「どうしてですか?」
女性は船腹の一か所を指差した。
よく見ると、小さな継ぎ目が残っている。
「この傷だけは消さないことになりました」
レイは少し驚いたような顔をする。
「ここは……」
「帰還時の損傷です」
女性が続ける。
「記録映像にも残っています」
「歴史を消してはいけない、と。これは資料ですから」
レイは静かに頷いた。
「そうか」
しばらく船を見つめる。
「ありがとう」
女性は少し照れたように笑う。
「私は修復チームではありません」
「でも、その言葉はきっと喜びます」
ハルトは船の周りを歩いた。
外板は磨かれている。
計器類も新品のようだった。
けれどところどころに、小さな補修跡が残されている。
傷ではない。
勲章のようだった。
脇田が笑う。
「俺なんか、あの頃は毎日この船に文句言ってた」
「油臭いし」
「寒いし」
「飯はまずいし」
レイが珍しく笑った。
「飯は船のせいじゃない」
「誰が作ったと思ってる」
「……俺か」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
ハルトは初めて見る父の笑顔だった。
こんなふうに笑う父を知らなかった。
その笑顔を見ていると、この船は機械ではなく、本当に仲間だったのだと思えた。
そのときだった。
女性職員が端末を確認し、小さく眉をひそめる。
「……おかしい」
「どうしました?」
レイが聞く。
「いえ」
「燃料残量が更新されています」
「昨日付で」
レイは黙った。
女性は画面を見つめる。
「整備記録には何もありません」
「誰が入力したんでしょう……」
レイは船体を見上げたまま、小さく笑う。
「さあな」
答えは分かっていた。
誰にも言わず、
誰にも褒められず、
それでも準備だけは終わらせる男が一人いる。
きっと、
あの老人らしい。
レイは帽子をかぶり直した。
「十年前より、いい船になった」
脇田が頷く。
「違う」
「十年前のままだから、いい船なんだ」
格納庫には、再び静かな時間が流れ始めた。
つづく
