世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

時の彼方で 1. 瓦礫

時の彼方で 1. 瓦礫

横井岳人が意識を取り戻すと、目の前には瓦礫の山が広がっていた。

彼は体を動かし、周囲の破片を掻き分けながら、ゆっくりと立ち上がった。

辺りを見回すと、他のメンバーたちも次々と瓦礫から這い出してくるのが見えた。

佐々剛介が額の汗を拭いながら、手の動きで何かを訴えている。

岳人は一瞬、彼の手話を理解するのに時間がかかった。

剛介は地震のショックで、頭がまだ混乱しているようだった。

しかし、剛介の〈大丈夫か?〉という手話に気付き、うなずいて応えた。

彼らは一歩ずつ慎重に足を進め、何とか瓦礫の山から脱出した。

だが、次の瞬間、周囲の景色が一変していることに気付いた。

瓦礫の山が立ちどころに消え、代わりに緑豊かな丘陵地帯が広がっていたのだ。

(これは…一体どういうことだ?)

岳人は心の中で思った。

目の前に広がる景色は、現代の街並みとはまるで異なり、どこか懐かしさを感じさせる風情が漂っていた。

アスファルトの道もなく、足元には踏み固められた土の道が広がっている。

岳人と剛介は、背後に誰かの気配を感じて振り返った。

痩せっぽちの猿渡飛雄と、太っちょの狩野陽向が立っていた。

飛雄は首を傾げながら辺りを見回していた。

彼の視線が岳人と剛介に交わり、三人は互いに無言のまま立ち尽くした。

飛雄もまた、この異様な状況に戸惑っていた。

「みんな、大丈夫か?」

五人の中で唯一の健聴者である、松井大和が声をかけた。

彼の言葉は、岳人の手話を通じて他のメンバーにも伝えられた。

岳人は大和のリーダーシップをサポートしながらも、自分自身も何とか状況を把握しようとしていた。

狩野陽向が何かを見つけたように、訝りながら手招きしていた。

陽向が指差す方向を見ると、遠くに小さな村が見えた。

岳人らはその村の風景が、まるで歴史の教科書で見たような江戸時代の村と重なることに気付いた。

(でも、そんなはずはない…ここは市街地だし)

五人はお互いに言い聞かせ合った。

僕らはただの地震の被災者であり、こんなだだっ広い原っぱにいるはずがない。

しかし、目の前の景色は現実を突きつけていた。

彼らはスニーカーを履いた足で、土の道を歩き続け、少しずつ村に近づいていった。

足元の感触や周囲の雰囲気、そして風の匂いがすべて異質で、現代の都市生活とは全く異なるものだった。

五人は心の中で不安と戸惑いが入り混じる中、一歩一歩を踏みしめて丘を下りた。

彼らが辿り着いた村は、古風な茅葺き屋根の家々が立ち並んでいた。村では人々がのんびりと生活している様子が伺えた。

五人はその光景を見つめながら、自分たちがどこにいるのか、そしてなぜここにいるのかを理解しようと必死だった。

(これは一体…)

五人の心の中で、現実と非現実が交錯する瞬間だった。

ろう者の佐々剛介が頭の上から二本指をおでこに下しながら、ろう剣士会のメンバーに手話で伝えた。

〈ここにいる人たち…皆、ちょんまげ?〉

メンバーはもう一度、周囲を見渡した。

〈…ほ、本当だ〉

少々手話に疎い、健聴者の松井大和が堪らず声を挙げた。

「これって何だよ?」頭の上に二本指を乗せた。

岳人は〈ち、ょ、ん、ま、げ〉と指文字でカナ書きしてやった。

大和は目を丸くし、辺りを見回し、呆然として言った。

「本当だ。オデコ剃ってる」

メンバーは全員、剣道の胴着を着ていた。村の中にいてもそれほど違和感はない。

紛れ込んだ世界の風景の違いに戸惑い、驚き、狼狽えているうちに、次第にメンバーの脳裏に、ある仮説がちらつき始めた。

その仮説は、時間が経つほどに、そして否定すれば否定するほど、無視できないものになっていった。

彼らは恐らく現世で、未曾有の大地震に見舞われたのだ。

剣道場から退出しようとしていたところまでは憶えている。

そこで建物が倒壊し、天井が落ちてきたのも憶えている。

そこから先の記憶がない。

村人たちは、悄然とする彼らの姿に特に関心を示すこともなく、日常の作業に勤しんでいた。

茅葺き屋根の家々の間を行き交う人々は、まるで彼らがそこにいることに気付かぬかのように、穏やかな表情で過ごしていた。

江戸の風情が漂う村は、静かで平和な雰囲気に包まれていた。

 

つづく

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