8.ゲート
ネバダの空は高かった。
乾いた風が砂を巻き上げ、白いドーム施設を霞ませている。
巨大なフェンス。
二重三重の警備線。
監視塔。
施設というより、小さな要塞だった。
ハルトは思わず息をのむ。
「ここ、本当に研究所なの?」
脇田が苦笑した。
「研究してるのは本当だ」
「宇宙をな」
車は正門前で止まった。
警備員が二人近づいてくる。
「身分証を」
脇田は黙って端末を差し出した。
レイも続く。
ハルトも慌てて学生証を取り出した。
警備員は確認すると、インカムで短く話し始めた。
「……確認します」
数分。
誰も口を開かない。
乾いた風だけが吹いていた。
やがてゲート脇の建物から、一人の女性が出てくる。
三十代半ばほど。
紺色の制服。
胸には施設責任者補佐の名札。
彼女は三人を見ると、小さくため息をついた。
「緒方さんから連絡は受けています」
脇田が軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「お礼を言われる筋合いはありません」
女性は事務的に言った。
「私は反対しました」
ハルトがレイを見る。
やはり簡単な話ではないらしい。
「ですが」
女性は続けた。
「ここで皆さんを追い返せば、緒方さんが直接ここへ来ます」
脇田が吹き出した。
「それは大変だ」
「ええ」
女性も少しだけ苦笑する。
「施設長も同じ判断でした」
レイが静かに聞く。
「つまり?」
「皆さんには限定区域まで立ち入りを許可します」
少し間を置く。
「ただし」
彼女の表情が厳しくなる。
「宇宙船の発進許可は出ていません」
沈黙。
レイが帽子のつばを押さえる。
「予想どおりだ」
女性は端末を操作する。
「現在、船は保存状態です」
「起動コードも、航行権限も凍結されています」
「勝手に動かすことはできません」
脇田が小さく笑う。
「昔より厳重だな」
「十年前に、そうせざるを得なくなりました」
その一言で、空気が少し重くなる。
誰も続きを聞かなかった。
警備員がゲートを開く。
重い金属音が砂漠へ響いた。
ハルトは一歩踏み出す。
その瞬間、不思議な感覚が胸をよぎった。
あの牛舎の夜。
無線のリズム。
返事。
ほんの一瞬だけ、耳の奥で”間”が鳴った気がした。
思わず立ち止まる。
「どうした?」
レイが振り返る。
「……今」
「何か聞こえた」
脇田が表情を変える。
「信号か?」
ハルトは首を横に振った。
「違う」
「聞こえたっていうより……」
胸に手を当てる。
「近くに感じる」
レイと脇田は顔を見合わせた。
脇田が静かに言う。
「急ごう」
「向こうも、待ってるんだろう」
三人は施設の奥へ歩き始めた。
巨大な白いドームが、ゆっくりとその姿を大きくしていった。
つづく
