「ママ、ママ。わたしのお人形、知らない?」
この春、小学生になったばかりのアスミは、夕ごはんのしたくをしているママにたずねました。
たずねたのは、今日はこれで三回目です。
「さっきから、お人形、お人形っていったいどんな人形なの?」
「ほら、誕生日にケイコちゃんがくれたの。赤い兵隊と緑の兵隊…..」
ママの顔が急にこわばってきました。
「午前中にアミの部屋のおそうじをしたのよ。 さがしておくから、ちょっとまっててちょうだい」
「まさか、すてたりしてないよね?」
あみはママをじっと見つめました。
ママの笑顔がすこしひきつっているように見えます。
「す、すてたりなんかするもんですか」
と、ママは言いました。
「どうやら、わしらはすてられたようだな」
赤い兵隊は言いました。
ここはトラックの荷台で、たくさんの燃えないゴミがつんであります。
遠くのゴミしょり場に運ばれるとちゅうです。
「隊長。 わたしはくやしいであります。アスミさまがすてたのならともかく、あのそそっかしいオババが、われわれの値打ちを知るはずもない、あのオババが…こんな仕打ちをするなんて。 われわれはアスミさまとケイコさまの友情の証なのですぞ。よって、われわれは、アスミさまをお守りする義務と使命があるのです。それなのに、あのオババときたら…」
緑の兵隊はこぶしをふりあげて、カンカンに怒って言いました。
赤い兵隊は、緑の兵隊をなだめました。
「そうそう腹を立てるな。 しかし、おまえのいうことはもっともだ。ここはなんとしてもアスミさまのもとへ帰らねばならん」
「しかし、隊長。この不燃物の山からどうやって脱出すればいいのか、わたしには見当もつきません」
ふたりの兵隊は困ってしまいました。
ゴミの山のすみっこで、なにかがガサゴソと音をたてています。 生きもののようです。
それはクンクンと鼻を鳴らしながら、こちらへ近づいてきます。
「おお、あれはタムタムどのではないか」
「本当だ。それにしても、いったいどうしてこんな場所に….」
それはアスミが飼っている小さなしば犬でした。
タムタムもふたりの兵隊を見て、おどろきました。
「やぁ、ゴミすて場をあさっているうちに、トラックに乗りこんでしまって、気がついたら、トラックが走りだしてたんだ」
タムタムははずかしそうに言いました。
「ちょうどよかった、 タムタムどの。わしらも家に帰る相談をしていたところじゃ」
赤い兵隊は言いました。
「いったい、どうやって帰るというのです?」
緑の兵隊が、悲しげに言います。
タムタムは、なぐさめるように言いました。
「そんなこと簡単さ。ぼくが連れて帰ってあげるよ」
タムタムは別のゴミすて場にトラックが止まったときに、ふたつの人形をくわえてトラックから飛びおりました。
「なんだ。 犬が乗ってやがった」
トラックのおじさんはびっくりしました。
トラックをはなれると、タムタムは近くの家へ行って、そこの飼い犬に近づいて小さくほえました。
飼い犬は返事をしました。
「タムタムどの。 あの方はなにを申されたのかな?」
赤い兵隊がたずねました。
「どうやら、ここはとなり町のようだね」
タムタムは、住宅地の中をけんめいに走りました。
とちゅうで他の家の飼い犬や散歩中の犬に道をたずねなければなりませんでした。
それでもようやく、 自分の家にたどりつきました。
「タムタムどの、ごくろうだった。そなたはまったくりっぱな飼い犬、いや名犬じゃ」
ふたりの兵隊はタムタムをほめたたえました。
タムタムは少しはずかしそうでしたが、うれしそうにしっぽをふりました。
アスミの家のドアの前で、 タムタムがたてつづけにほえると、中からママが出てきました。
ママはタムタムに言いました。
「あら、こんなに暗くなるまでどこに行っていたの?早くごはんを食べなさい」
それからタムタムがくわえてきた、ふたつの人形を見つけて、こう言いました。
「ゴミ捨て場からくわえてきちゃったの、タムタム」
ママの言葉を聞いたふたつの人形は、うらめしそうにつぶやきました。
(ふん、やはりおぬしが捨てたのかい。それならば、何度でも戻ってきてやるわい)
玄関ドアの奥から、アスミの声が聞こえてきました。
「あら、兵隊の人形。こんなとこに落ちてた。さんざん捜したんだから、もう」
アスミはふたつの人形を胸にだいて、喜びながら部屋へ戻りました。
二人の兵隊はなごやかな気分になって、本だなのかべにもたれて、ぐっすりと眠りました。
おわり
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