18 心の傷を癒やすのは…

「脇田さん、脇田さん」

村からX50へ向かう途中、船の下から緒方が呼んでいた。

脇田は慌てて土手を駆け降りた。

「海へ行ってたんじゃなかったんですか」

「行きましたよ。 ディーと二人で」

「で、何か見つかりましたか」

緒方は頷いて、船内に入るタラップに向かって歩き出した。

「コクピットの無線機を取り外してきたんですよ。今、ディーがうちの船に取りつけているところです」

「それで交信できるんですか」

脇田が期待を込めて訊ねると、緒方は苦笑しながら腕を組み、ううむと唸った。

まだ何とも、と彼は言う。

「無理なんですか」

「弁解がましいですけど、これはディーが言い出したことなんです。私はたぶん無理なんじゃぁないかと」

「……」

「思うんですけどねぇ」

なぜか急に爺むさい言い回しになる緒方だった。

弁解というよりも、ただ責任のがれしているだけじゃないのか、と脇田は思った。

エンジニアのチーフの見解にしては心もとないな、とも脇田は思った。

結局、二人ともそのまま無言で、X50の船内に入っていった。

船室の入口では、由里子とマリコがレイを挟んで、何やら話をしていた。

レイは背の高い男だった。

何か話かけると、相手と目線をあわせて話すために、手を膝の上に置き、腰を屈めて答える。

人を見下ろすようなことを決してしない。

「レイ、お願いだから、もう一度操縦してくれない?」

由里子はレイの手を握りしめて、涙ぐんだ目で訴えた。

「あの日、あの時、私たちは生き残ったのよ。あの恐ろしい光景を見ても、あの激しい衝撃を受けても、私たちは生き残ったのよ。だから、怖がってなくて、次へ進むべきなのよ。レイ」

レイは由里子の言葉に耳を傾けていたが、表情は硬かった。

「由里子、分かってくれ。僕はもう、あの操縦桿に触れることができないんだ。あの時、僕は何もできなかった。私はあの惑星の重力に引きずり込まれて、みんなを危険にさらしてしまった。あの時、僕は死ぬと思った。死にたくなかった。あなた方を失いたくなくて、必死にコンソールにしがみついた。でも、そうしたところで、実際は何もできなかった。僕はただ、無力に震えていた。あの恐怖は、僕の心に深く刻まれている。僕はもう、あの恐怖に立ち向かうことができないんだ」

レイは由里子の手をそっと離して、情けなく頭を振った。

「レイ、そんなことないよ。あなたはスタッフを守ってくれたんだよ。あなたが操縦してくれなかったら、彼らはこの惑星に墜落し、灰になっていたかもしれない。あなたは最後まで諦めなかった。あなたは最高のパイロットだと思う」

由里子がレイの肩に手を置いて、励ました。

由里子はレイに対して、尊敬と感謝の気持ちを伝えようとした。

レイの操縦技術には目を見張るものがあったし、彼の人柄にも惹かれていた。

もちろん、妻として夫が本気で苦しんでいることは知っていたし、感情的になることは逆効果だということも知っていた。

でも、彼女はレイが自分を責めているのを見て、悲しくなった。

彼女はレイが元気になって、また笑顔になってほしかった。

「レイ、私はあなたを信じているよ。私たちはあなたの力が必要なんだよ。あなたが操縦してくれれば、私たちは地球に帰れるかもしれない。あなたが操縦してくれなければ、私たちはこの星に閉じ込められたままかもしれない。レイ、お願い。みんな、あなたの決断を待っているよ」

由里子はレイの目を見つめて、切なげに言った。

レイの表情は由里子の言葉に揺れ動いた。

彼は彼女たちの気持ちを理解していたし、感謝していた。

でも、彼は自分の心の傷を癒すことができなかった。

自分の恐怖に打ち勝つことができなかった。

自分の決断を下すことができなかった。


「あの、私この星好きだし、別にレイが苦しむなら、ここで暮らしてもいいわ」

側で二人の聞いていたマリコが重い口を開いた。

「コーヒーを飲みましょう。時間ならたくさんあるわ」

無線のセットアップが間近だという。

緒方とディーは、日夜に関わらずX50機内に閉じ籠もりっぱなしでいた。

この頃では脇田が作業に加わることも、珍しくなくなっていた。

子供たちの世話は由里子に任せて、彼は緒方の指示にしたがった。

機械オンチなので、彼の仕事はもっぱら資材の運搬くらいなものである。

かつての脇田たちの船ノーヴァの残骸から、使えそうなものを緒方がリストアップし、それを彼らと共に運ぶ。

簡単な資材であれば、脇田一人でも十分に事は足りる。

しかし、無線機の修理には、もっと複雑な部品や工具が必要だった。

緒方はX50の残骸をくまなく探して、必要なものを探したが、なかなか見つからなかった。

「くそっ、あの船は何もかも古いんだ。X50の無線機は最新型なんだぞ。互換性がないんだよ」

緒方が怒りっぽく言った。

「でも、なんとかなるって。ここにある資材で何か代用できるものはないか?」

ディーが提案すると、緒方は考え込んだ表情でうなずいた。

「そうだな、代用部品を作るしかないかもしれないな。脇田、君も手伝ってくれ」

彼らは船内の工房に集まり、手持ちの材料で代用部品を作り始めた。

彼らはこの星に来てから、植物や生き物を観察し、新しい環境に適応していくことこそ活路に結びつくこと痛感していた。

試行錯誤が必要だ。色んな工夫をやってみるんだ。

一方で、レイはまだ心の奥底で自分と向き合っていた。

無線機の修理が進まないことに焦りを感じつつも、彼は自分の心の傷を癒す方法を模索していた。

ある日、夕暮れ時になって、船外で火を灯し、仲間たちと集まっていた。

「レイ、君もこっちに座ってくれよ」

緒方が声をかけてきた。

レイは躊躇したが、最終的に仲間たちの中に座った。

「君が無線機の修理に協力してくれない理由はわかってる。でも、大きな傷が君の心の中にあるものも理解してるつもりさ」

緒方の言葉に、レイはじっと耳を傾けた。

「苦しんでいるのはわかる。でも、君は強いんだ。あの時、君が操縦してくれなかったら、俺たちはここにいないかもしれない。君の存在が、俺たちに希望をくれたんだ」

緒方の言葉に、周りの仲間たちも頷いた。

「君にできないことはない。そして、俺たちは君を信じている。無理に決断する必要はない。ただ、君が自分を許し、前に進むことが大切なんだ」

レイは仲間たちの言葉に心打たれ、じっと考え込んだ。

彼はゆっくりと頷きながら、新たな決断を下すことを決めた。

「ありがとう、みんな。君たちの言葉が俺に力をくれた。無線機の修理を手伝うよ。俺しか操縦出来ないのは分かっているんだ。でも操縦出来る確信がない」

レイはそう言うと腰を上げ、船内から姿を消した。

それから、一同は深いため息をつき、しばし沈黙した。

緒方は再び無線機の修理に取り組むべくコクピットに向かった。

 

つづく

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