1 迷子の気球

ぼくは見たんだ。

たしかにあの変なものを見たんだ。

ぼくもみんなにうち明けるまえにずいぶん悩んだよ。

ひょっとすると錯覚じゃないかと、自分でもいろいろ考えてみたんだ。

でもそうじゃない。作り話だと思われるのが嫌なんで、黙っていたけど、これは本当のことなんだ。

 

ぼくの名前はフィル。

マーキュロ小学校の三年生になったばかりだ。

背が低いので、それが悩みのタネなんだけど、まあそれはどうでもいいや。

重たい皮のカバンを背中にかかえて学校へ通う毎日さ。

あっ…。

断っとくけど、ぼくがチビだから重たいんじゃないんだぞ。

持っていたくもないものを担がされるって、誰だって嫌だろう。

算数の教科書やノートなんてものをいくつもかかえるなんて、ぼくにはムダなことだと思うんだ。

だってそうだろ、算数や国語なんて嫌いだし、どうせわかりっこないんだから。

わかりっこないものをいくつも抱えるなんて、わりにあわないと思わないかい?

とにかくあれが重たくて重たくてしかたがないんだよ。

これがかっこいいエレクトリックギターだったら、誇らしげで申し分ないんだけど、残念ながら買ってもらえそうもない。

親っていうのは、わが子がカッコよくなるより、まずは賢くなってほしいらしいし、持っていっても、先生にしかられるだけだしね。

 

そうそう、変なものの話だったね。

ぼくは話が脱線しがちだと、大人からよく言われる。ええと、あれは…たしか。

あれは、ぼくがまだ二年生のとき、あのしちめんどくさい授業が終わって、学校から帰るときのことだった。

友達のほとんどはバスや電車で帰るから、そのときぼくは一人で歩いて帰ろうとしていた。テクテクと一人で歩道を歩いていた。

とても寒い冬のことで、その日は雪がちらちら舞っていた。

そこはとても広い道路で車が多くて、マーキュロ駅からそんなにはなれていない場所だった。

歩道を歩いていて、車のクラクションが何度も何度も鳴り響くので、ぼくは後ろをふりかえったんだ。

「あれは何だい?」

ぼくは思わず目を丸くしてしまったよ。だって、車の群れにまじって、ヘンテコなボールがテンテンとこっちへはずんでくるじゃないか。

「ぼうや、向こうへ逃げるんだ」

知らないおじさんが運転しながら車の窓を開けて、ぼくに大声で言った。

ぼくは何のことだかよく分からなかった。でも、近くやってくるボールを見て、慌てて逃げだした。

最初は小さなボールだと思ったんだけど、こっちへやって来ると、実はとんでもない大きさだということが分かってきた。

ダイブツさまって知っているかい。背たけが十五メートルもある日本の有名な大仏さまさ。

あの大仏さまが前のめりになって、ゴロゴロとマーキュロ村の市街地までころがってきたら、ぼくだけじゃなくて、みんなおったまげるだろう。

ぼくは道路のわきの電柱にかくれて、そのボールが通りすぎるのを見ていたんだ。


ボールはまっ白で、なんだか生きているみたいにプヨプヨとした感じなんだ。

それに不思議なんだ。

あんなにでっかいボールが転がっていったのに、壊れた車は一台もなかったし、家だってガードレールだって無傷だったんだ。電柱だって倒れてない。

ボールは器用に車や家をよけていったんだ。

つまり、右へ左へと車をかわしながら、道路を転が っていったわけ。

ボールがはるかかなたに行ってしまうと、さっきの大声のおじさんが車からおりて、ぼくを呼んだ。

「ぼうや、大丈夫かい?」

ぼくは、大丈夫だ、と言った。

「いったい、あれは何なの?」

ぼくがたずねても、おじさんは首をかしげるだけだった。

後ろの車を運転しているおばさんも呆然としていた。おばさんは長いとこ、ハンドルを握りしめて目をまん丸くしていた。おばさんにもたずねてみた。

「私も何だか分からないわ。粗大ゴミが転がっていったのかしら」

ぼくの疑問は晴れなかった。だからおばさんの答えにツッコミを入れた。

「粗大ゴミって、あんなにデッカイものなの。まるで大きな気球が転がっていったみたいだよ」

おばさんはあきらかにとまどっていた。

「そう、それよ。あれは気球なのかもしれないわ。どこかのデパートのアドバルーンのロープが切れて、気球が迷子になっちゃったのかもしれないわね」

おばさんはそう言うと、急いで車の窓をしめた。

ぼくはそれじゃ納得がいかない。

道路には自動車が、とんでもなく長い列を作っていた。

やがて、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

それと一緒に救急車や消防車もやってきた。

警察官も救急隊員も消防士も、きっと混乱してるんだ。

火事も事故も、ケガ人さえ出てないのに、大慌てで出動してるんだもの。

とにかくあのボールのおかげで、町中が大騒ぎになってしまったんだ。

 

これがぼくの言っていた変な話なんだけど、まだまだ続きがあるんだ。

三年生になって、担任の先生が変わったんだけど、この先生のことを話さなくちゃな。

この男の先生は、とても優しくて面白くて、みんなから人気があるんだけど、実はこの先生にも秘密があってね。

それはこれから、くわしく話すよ。

 

 つづく

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