5 ため息にもいろいろある

その日の昼休みに、ぼくとランディは体育館に呼びだされた。

待っていたのはアイダ先生だった。

ハメット先生は今日、病気で休んでいるのだそうだ。

 

普段からぶあいそうなアイダ先生が、今日はほほえんでいた。

何十年ぶりかのほほえみなんだろう。

ぼくは背すじがゾッとした。ランディもため息をついた。

大人というのは、だいたい子供を怒鳴る前には、ニコニコしているもんだ、とランディから聞いていた。

まぁ子供にもよるんだろうけどさ。

ランディの言ってたことが正しいとすると、普段はぶあそうなアイダ・クレストがニタニタしているってことは、これはもう、大砲が爆発するくらい怒鳴られるってことか。

ぼくも深いため息をついた。覚悟のため息だ。

 

アイダ先生は、体育館のすみに積まれた、マットレスに腰をおろしていた。

ぼくたちはその前で、じっと床を見つめていた。

「ねぇ、フィル。昨日のことなんだけど」

ぼくはどぎまぎした。ランディはともかく、ぼくとは目を合わせなかったはずだぞ。

ぼくはランディに目くばせした。ランディも不思議そうな顔をしていた。

ぼくはとりあえず、とぼけることにした。

「昨日のこと?」

アイダ先生の目じりがキュッとつり上がった。

「昨日、マーキュロ駅で、ハメット先生に会ったのよ。あなたたちもいっしょにいたみたいだけど」

「ええ、ぼくらはたしかに駅にいましたけど」

ぼくは答えた。

いたみたいね、というのは、アイダ先生の推測によるものだ。

ランディの顔しか見てないのに、ぼくにたずねるということは、それくらいぼくとランディがセットで覚えられちゃってるってことだ。おバカコンビってぐあいになってるんだろうな。

ありがたくない話だ。

「それでハメット先生の具合はどうなの?」

ぼくらは顔を見あわせた。どうなのって、なにがどうだというんだろ。

ランディがあわてて言った。

「ええ、あの、具合がどうなのか、ぼくらはちょっと分からないんですが」

「そうなの。あなたたちもくわしくは知らないのね。昨日、ハメット先生は病院へ行くところだって言ってらしたけど」

ははぁー。けっきょくアイダ先生に捕まって、そんなふうに言いわけしたんだ。

またまたランディの出番だった。

「ぼくらも心配して駅までついてきたんだけど、どんな具合だったんですか?」

あーぁ、ウソにウソで乗っかりやがった。


知らんぞ、ぼくは。

「あぁ、フィルも知らないのね」

具合?そんなありもしないことなんて、分からないよ。ぼくはただ、だまって首を振った。

アイダ・クレストはため息をついた。

ため息って…なんだよ。

ため息といっても、いろんなため息がある。

百円玉を道路のみぞに落っことした時のため息、下校中にトイレに行きたくなって、自分の家でようやく間にあわせたときのため息、だれかが心配でしかたがないときのため息。

…………。

えっ?まさか、アイダ・クレストは、ハメット先生のことを心配しているわけじゃないだろうな。

こういうことには勘のするどいランディはニヤニヤしていた。

こいつがニヤニヤしている時ったら、ろくなことがない。

ぼくの予感は当たった。

「よかったら、アイダ先生もおみまいに行ったら、どうですか?」

ランディのやつ、こんなことを言い出した。

ぼくは思わず、ランディの足をふみつけそうになった。

「あら、そうなの。あなたたちもおみまいに行くつもりだったの。オッホッホ、ハメット先生もしあわせね。こんなかわいい生徒たちがいるんですもの」

ぼくは逃げだしたくなった。

ランディのやつったら、それでもうれしそうだった。

だって、あいつは生まれてはじめて「かわいい生徒」だのなんだのとほめられたんだからな。

 

というわけで、ぼくらとアイダ先生は、ハメット先生の「デビット・ハイツ」へ行くことになった。

ランディにとってはおもしろい展開なんだろうけど、はたしてこれは、ルイス・ハメットが望んだことなのだろうか?

いいや、絶対にちがうと思うな。ぼくだったら、絶対に困るし、絶対に学校に来たくなくなっちゃうよ。

またひとつ貴重な教訓を学んだ。

ヘタなウソは、絶対につくもんじゃない。

つづく

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