1 月夜に浮かぶクジラ
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月が明るく光る夜、東京湾には、クジラにそっくりな巨大な船が停泊していた。
その船は、海上の微かな潮風に横たわるように、静かに宙に浮かんでいた。
船の中には、青い座席がずらりと並んでいた。
出発するまでまだ時間があるからか、客室には旅行客の姿はまばらだった。
シートに座っている女の子が一人いた。
女の子の名前はマリコ。
マリコは、おとなしそうな感じの子で、この時は落ち着きなく周りを見回していた。
顔なじみのパーサーがやってきて、彼女に何か話しかけた。
「寒くないかい?」
「ううん、ちっとも」
マリコは笑顔で返事をした。
それからパーサーはマリコとしばらく話をした。
パーサーが去っていくと、マリコはまたひとりぼっちになった。
窓から月を見て、マリコはつぶやいた。
「ママ…私、一人で来ちゃった」
マリコはこの船に一人で乗るのは初めてだった。
以前は母親と一緒にこの船で旅行に行くことが多かった。
マリコは船内の寒さを感じて、ジャケットをジッパーをきちんと閉めた。
すると、ドアを閉める大きな音がして、3人の男たちが入ってきた。
不格好でダブダブの服を着ていて、なんだか臭い匂いがした。
男たちは、客席の奥の方に席を見つけて歩いていった。
なぜだか途中でジャンプしたりして、楽しそうだった。
マリコはそれを笑って見ていた。
…あれはサテュリアンね…
サテュリアンというのは、地球ではなくて、サテュロスという星から来た人たちだった。
地球では人が足りなくて、サテュリアンを雇って仕事を手伝ってもらっているのだ。
でも、サテュリアンは地球人と違って、力がすごく強かった。
サテュロスは地球の倍くらい重力がある星だ。
だからこの船に乗るときも飛び跳ねてしまって、天井に衝突してしまうことがあった。
そんな場面を見たら驚くかもしれないけど、サテュリアンにとっては普通のこと。
実際、宇宙船内ではサテュリアン用の重力調整装置が用意されているけれども、ワガママな彼らがおとなしく装着するわけもなく、天井は変形するにまかせていた。
マリコはこの船に初めて乗ったときに、天井の凹みについて、パーサーから説明された。
またなんであんな場所に、あんなでかい凹みがあるのだろう、とマリコの母親がたずねると、パーサーは困りはてた顔をして、
「惑星サテュロスの引力は強い。したがって彼らは並みならぬ力で、地面を踏みしめて歩く。ところがこの船の中は、地球と同じ重力に設定されている」
咳ばらいをして、パーサーは言葉を続ける。
「よって、彼らがこの船に一歩踏みこむと・・・…あのように」
パーサーは天井を指さして
「のめりこむくらい、跳ね上がってしまうのです」
パーサーはその話をするときは、なぜか力んでしまうらしくて、自然と声が大きくなってしまう。
それがおもしろくて、マリコは毎回笑って聞いてた。
「今日もサテュリアンの話をしてるよ、ママ」
「本当だね。あんな穴、さっさと直したらいいのに」
「直さないわよ」
「どうして?」
「あのパーサーはサテュリアンの話をすることが好きなの。それが楽しくて仕方ないのよ」
「楽しくて仕方ない…ねぇ」
マリコはママがあきれ顔をしていたことを思い出した。
その母親も今はいない。
二年前に重い病気にかかり、マリコを残して天国に行ってしまったのだ。
つづく
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