12 包囲

午後の業務が始まる時間になっても、僕はまだ屋上にいた。船橋たちのワゴン車が公民館に戻ってきたからだ。

車内にあった段ボール箱はもうなくなっていた。どこかに捨てたか、隠したのだろう。船橋と青年が車を降り、建物の中に入っていく。

そろそろ介護の仕事に戻らなければいけない。しかし好奇心が僕を引き止めた。

建物の窓に人影が動くのが見えた。昨夜と同じく、テロ行為の打ち合わせでもしているのだろう。胸騒ぎがして空を見上げると、昨夜と同じ黒いドローンがゆっくりと巡回していた。

やがてドローンは公民館の屋根上まで進み、その場で滞空して動かなくなった。胴体部分が変形し、細い筒状の何かが下に突き出された。

突然、公民館の屋根が壊れ、白い煙が上がった。

一人の男が窓を開け、身を乗り出してドローンを指差した。中の他の男たちは一斉に建物から飛び出し、手にした武器らしき物をドローンに向けた。

銃声は聞こえなかったが、僕は恐くて反射的に身を伏せた。

彼らの持っていた武器はブルーとホワイトのおもちゃの拳銃だった。あれはエアガンだったのか?ドローンを狙ってBB弾を撃ったということか?

ドローンは急上昇し、豆粒ほどの大きさになると、元来た方向へ飛び去っていった。

ドローンが見えなくなってから一分も経たないうちに、介護施設に隣接する道路の向こうから、赤色灯を点けたパトカーが接近してきた。

パトカーは介護施設をゆっくりと通り過ぎた。僕は屋上からその行方を見守った。パトカーは公民館の敷地に入り、駐車場に停車した。

車内には二名の制服警官がいた。警官たちはなかなか車から出てこようとしなかった。赤色灯は点灯したままだ。

フロントウィンドウから、マイクに向かって何か話している姿が見えた。公民館に向かって拡声器で何か話しているようだったが、僕の耳にはその声がかすかにしか聞こえなかった。

警官はパトカーからいっこうに降りてこない。さっき船橋たちが持っていたおもちゃは本物の武器で、地域住民から通報を受けたということか?

僕はスマートフォンを公民館に向けてかざし、拡声器でのやりとりを文字化できないか試した。しかし距離がありすぎて無駄だった。音が聞こえないということは、こんなにもどかしいものか。

警官の一人が運転席のドアを開け、パトカーから出てきた。警官は公民館に向かってゆっくりと歩き出した。

10メートルほど建物に近づいたところで、警官は硬直したように立ち止まり、その場で身体を折り、跪いた。しかし倒れはしなかった。

映画か何かでこういうシーンを見たことがある。これはたぶん公民館の連中に威嚇射撃されたんだ。

警官はしばらく動かなかったが、やがて姿勢を立て直し、ゆっくりと後退してパトカーに戻った。

公民館周辺の住人たちは、それぞれの家から恐る恐る顔を出し、息を呑むように成り行きを見守っていた。僕のいる屋上からも、その様子がよく見えた。

一触即発の空気の中、重苦しい時間が過ぎていった。


いつの間にか、地区のあちこちから赤色灯を点けたパトカーが集まって来ており、公民館を取り囲んでいた。10台、いやもっと多い台数かもしれない。

先にいた駐車場のパトカーに横付けするように、後続のパトカーが次々と敷地に入ってきた。パトカーは停車すると、運転席のドアを開き、警官たちはそれぞれドアに身を隠した。

一人の警官が身を屈めながら公民館に近づき、建物の壁に張り付こうとしていた。警官は恐る恐るサッシ窓に手をかけ、10センチほどの隙間を作ると、その隙間に何かを放り込んだ。

しばらくして建物の中から、白い煙がもくもくと立ち上がってきた。公民館の窓のカーテンが激しく揺れた。

建物の中から、隠れていた野良猫が煙に燻されたように、大勢の男が飛び出してきた。

そのうち三人が警官に組み伏せられ、捕らえられた。捕らえられた三人は、なお抵抗を続け、警官たちに後ろ手を締め上げられていた。

屋上から見ていたが、十名以上が逃げ出したようだ。不思議なことに、僕には男たちの逃走経路がほとんど掴めなかった。公民館から出てきたのは見ていたが、彼らがどこに隠れたのか、さっぱり分からない。

警官たちは建物を一巡りすると、今度は公民館に隣接している住宅に向かった。

それぞれの家のドアの前に立ち、インターホンで何かやりとりした後、ある家はそのまま立ち去ったが、ある家ではサッシ窓をハンマーでたたき割り侵入し、中の人間を強引に連行していった。

捕らえられた人々は、公民館に停めたパトカーの前に集められ、どこかへ搬送されていった。

その後もわらわらと住宅地から人が集まってきた。

最後に警官に捕らえられ、駐車場に連れて来られた男が、先に捕まっていた二人の男に話しかけた。三人とも不敵な笑みを浮かべていた。

〈船橋さんは、捕まったのか?〉

〈捕まってない。大丈夫だ〉

〈これからどうする?〉

〈急いで、アレを拡散しろって言ってた〉

捕らえられた男たちは、船橋の安否を仲間に手話で伝えていた。

男たちは唇が切れ、頬骨が腫れ上がっていた。相当殴られたのだろう。側にいた若い警官が若者の肩を突き飛ばし、背中に罵声を浴びせ、他の二人に警棒を突き付けて威嚇した。手話をやめさせたいのだろう。

駐車場で捕らえられた男たちは、誰一人抵抗する気配がなかった。とはいえ、観念したようにも見えない。

連行された誰の手にも拳銃は握られていなかった。武器をうまく隠したか、初めから持っていなかったのだろう。

 

つづく

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