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朝になると僕はマスクを着け、ホテルの外で食べ物を買って戻ってきた。

朝早いというのに、ホテルのロビーには昨日の昼間と同じように人で埋まっていた。

やはり彼らはこの辺りの住民たちで、住居が破壊され、帰る場所がないのだ。

僕はエレベーターで2階に上ると、買い物が詰まったレジ袋を抱え直し、平石がドアを開けるのを待った。

すると、誰かが後ろから肩を叩いた。

「春日くん」

振り返ると、背後にサングラスをかけた小太りの男が立っていた。

職員寮でリーダーをやっていた、船橋だった。

平石がドアを開けた。船橋の姿を見るなり、驚き、そして安堵の表情になった。

〈無事だったんだ〉平石が言うと、船橋はぎこちない手話で〈ああ、君たちもな〉と答えた。

僕と平石は部屋の中で船橋との再会を喜んだ。

船橋は妙にそわそわしていて落ち着きがなかった。

僕は〈相変わらず忙しそうですね〉と手話した。

平石がいるので、会話は全部手話だ。

〈そうなんだ。ゆっくりできないんだ〉

船橋は申し訳なさげに手話で答えた。

〈君たちもやがてここを出ていかなきゃならないんだろ?〉

そう言えば、あと4時間でチェックアウトの時間だ。

船橋はろくに一服もしないうちに、壁に寄りかかりメモを書き出した。

〈今夜はここに来いよ。警察や自衛隊に出会ったら、迂回して撒いてくれ〉と手話しながら、僕にメモを手渡した。

メモを受け取ったが、上下をひっくり返したりして、無造作に描かれた地図を凝視した。

平石もメモを覗き込み首を傾げた。

〈この二本線は何なんだよ。チグリス・ユーフラテス川かよ〉

全然、分からん。

〈番地を教えてくれない? スマホのナビなら簡単だよ〉

〈ナビはダメだ。奴らが追跡してくる〉

〈だったら、GPSをオフにするからアプリに地点登録させて〉

〈しょうがないな〉

平石がスマホを差し出すと、船橋は画面をタップして教えてくれた。

船橋に聞いておかなければならないことは、他にも山ほどあった。


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僕も平石も船橋の手話での指示に頷いた。

〈たぶん現時点で戦えるのは、俺たちだけだ〉

船橋はそう言ってから、二人にトイガンを手渡した。

これまで手にしていたものとは違う。カラーリングは一緒だが、一回り小さいサイズの銃だった。

〈使い方は分かるか?〉

僕らは頷いた。

〈これは最新式の3D銃だ。コンパクトだがもっと威力があるぞ〉

〈ちょっと待って〉僕はとっさに質問した。〈『3D銃』って言うんですか、これ〉

長年の疑問だった。

〈ああ、『スリーディーじゅう』って呼んでる〉

〈何で?〉

〈詳しくは知らんが、3Dプリンターで作ったらしい〉

僕と平石は銃を受け取ると、僕はリュックの中へ、平石はジーンズのウエスト部分に突っ込んだ。

船橋は銃を手渡すと、慌ただしく部屋を出て行った。

夜になるのを待って、2人はホテルを出た。

裏通りは昼間よりも、だいぶ人気が少ない。

通りには警官の姿も自衛官の姿もない。どこに潜んでいるのやら。

元々人間は夜行性ではないのだから、やつらの姿が見えなくても不思議ではない。

二人は並んで歩道を歩き、曲がり角を右に曲がると、路傍にある小さな階段を登っていった。

階段の先には廃ビルがあり、ビルの玄関には屈強な一人の男が待ち受けていた。

男は二人を手招きし、低い声で尋ねた。

「合言葉は?」

僕が何のことかと首をかしげると、平石は右手を扇ぐように動かした。

〈合言葉なんて聞かなかったぞ〉

〈海だったかな? 山だったかな?〉

僕らが首を傾げていると、男はニンマリと笑って、両手の人差し指を絡めるようにクルクル動かした。

意味がよく分からなかったが、ひょっとして「手話」?

〈こんばんは。船橋という人からここに来るように言われて……〉

と手話で話しかけた。

男は無言でビルのドアを開け、中へ入れてくれた。

合言葉に答えられた自信はないが、どうやら彼は、来訪者が手話を使えるかどうか試したようだ。

つづく



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