公民館のドアは、あっけないほど簡単に開いた。

薄闇の中に足を踏み入れると、最初の部屋は死んだように静まりかえっていた。船橋の姿はどこにもない。

図書室らしき部屋だった。壁に沿って並んだ書架と、中央に置かれた大きなテーブル。その上には地図やパソコンが雑然と散らばり、壁に掛かったカレンダーには無数のバツ印が付けられている。部屋の隅には段ボール箱が山のように積み上げられていたが、照明を点けるわけにもいかず、中身は判然としない。

入口近くの壁には、殴り書きされたホワイトボードが掛かっていた。落書きのようなイラストが描かれ、その中に子供向けのキャラクターが混じっている。

「おしりけいさつ。シャワートイレさつじんじけん」

ボードの下のテーブルには十数冊の書物が散らばっていた。ほとんどが銃火器に関する専門書だ。その書物に埋もれるように、一台のスマートフォンが置かれている。画面には文字が踊っていた。

テキスト変換が動いている。僕がよく使う音声変換アプリだった。

館内に話し声も物音も聞こえない。このスマホは誰かの忘れ物で、どこかの端末とペアリングされているのかもしれない。

僕はスマホを手に取り、もう一度室内を見回した。その時、壁の一部から微かな光が漏れているのに気づく。光はカレンダーの裏から滲み出ていた。外は真っ暗だから、隣室の明かりに違いない。

壁に近づき、そっとカレンダーをめくってみる。

壁に直径3センチほどの穴が開いていた。完璧な覗き穴だ。

穴を覗くと、8人の男たちが会議用テーブルを囲んで立っているのが見えた。その中に船橋がいる。

〈思ったよりも浸透してないな〉

手元のスマホに、そんな文字が流れた。船橋が言ったのか。

そこにいる男たちに見覚えはなかったが、何人かが忙しそうに手を動かしている。手話だった。船橋は手話をしないが、喋るたびに自分のスマホに口を近づけている。発言内容をテキスト化してメンバーに共有しているのだ。

〈現状では炎上狙いのフェイク動画だと思われてるらしい〉

メンバーの一人が手話で言った。

〈やっぱり手話付き、字幕付きトークだけじゃインパクトが足りないんじゃないかな?ビジュアルが足りないんだよ〉

〈ビジュアルって?手話もやってるぜ〉


〈そうじゃなくて、もっとリアリティのある動画がないと…〉

〈じゃ、あれをアップするんだ〉

若い男が手話で提案した。

船橋の顔が青ざめ、慌てて手で遮る。

〈いや、あの動画はまだ無理だ。刺激が強過ぎて逆効果だ〉

〈でも事実だぜ〉

〈いや、待つんだ。あれをYouTubeに流すのは、さすがにマズイ〉

船橋は必死に仲間たちを押し止めていた。

〈じゃあ、どうやって周知するんだよ〉

一同が船橋に詰め寄る。

〈SNSに投稿して、炎上狙いと勘違いされて、アカウント停止を喰らうつもりか?貴重な広報手段が無くなっちまうぞ。もっと危機感を訴える方法を考えないと〉

船橋は苦渋の表情で仲間たちを懐柔しようと苦心している。

…あの動画はまだ無理だ…

いったい何の話だろう?僕には見当もつかない。

静かに壁から離れ、スマホを元の場所に戻した。後退りする時、壁に体がぶつかる。それほど強くぶつかったわけでもないのに、壁の一部がぐらりと動いた。

よく見ると収納スペースで、木の扉が開いただけだった。中を覗くと、30センチ四方の段ボール箱が十数個詰め込まれている。

箱の一つを開けてみて、思わず苦笑いが漏れた。

オモチャの拳銃だった。

一つ手に取ってみる。ブルーとホワイトのプラスチック製だが、妙にずっしりと重い。子供会の玩具を収納しているのだろうが、なぜかこの拳銃に見覚えがあった。

開いた扉は閉じておいた方が良さそうだ。音を立てないよう、そっと元通りに閉める。

ホッと息をつき、改めて部屋を見渡した。

僕の思い過ごしならいいが、この公民館は明らかに本来とは違う目的で使われている。何かのアジトだったりして。

理由もなく、身の危険が迫っているような気がしてきた。犯罪組織だったらヤバイぞ。そうでないことを祈る。

僕は急いで公民館から逃げ出すことにした。

 

つづく

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