5.オレゴン――再会
午後、牧場に一台の車がやって来た。
見慣れない、泥だらけのレンタカーだった。
舗装されていない道を無理に走ってきたらしく、砂煙をあげて止まる。
ハルトは柵のそばでそれを見ていた。
運転席のドアが開く。
出てきたのは、背の高い男だった。
くたびれたコートに、しわだらけのシャツ。
靴には乾いた泥がこびりついている。
男は牧場を見回した。
「……広いな」
独り言のように言ってから、ハルトに気づいた。
「ここ、ハイ・プレーリー牧場で合ってるか?」
「はい」
「レイはいる?」
「父ですか?」
男は一瞬、言葉を失ったような顔をした。
それから、困ったように笑った。
「そりゃ、早く会わないとな」
ハルトは家の方を振り返った。
ちょうどレイが納屋から出てきたところだった。
帽子をかぶり、作業手袋を外している。
二人の視線が合う。
しばらく、誰も動かなかった。
風だけが草を揺らす。
ハルトは、なぜか息を止めていた。
先に口を開いたのは、訪ねてきた男だった。
「……太ったな」
レイは答えた。
「お前は老けた」
それだけだった。
歩み寄りもしない。
握手もしない。
ただ、互いを見ている。
やがてレイが言った。
「遠いだろ。日本から」
「飛行機三回とレンタカー六時間だ。もう二度とやらん」
「そうか」
沈黙。
ハルトは戸惑った。
これが再会なのだろうかと思った。
だが次の瞬間、脇田が言った。
「来たぞ」
レイの表情が変わった。
ほんのわずかに。
「……ああ」
「聞いたな」
「聞いた」
「間違いない」
レイはお守りを握った。
「アキュラだ」
ハルトの胸がどくんと鳴った。
「父さん、アキュラって――」
レイは答えなかった。
代わりに、脇田がしゃがんで目線を合わせた。
「秘密基地の名前みたいだろ?」
「え?」
「昔な、俺たちが迷子になった場所の名前だ」
軽い口調だったが、目は笑っていなかった。
脇田は立ち上がる。
「レイ、時間がない」
「分かってる」
「行くぞ」
ハルトが言った。
「どこへ?」
二人は同時に答えた。
「迎えに」
ハルトはさらに聞いた。
「誰を?」
レイは静かに言った。
「友だちだ」
そのとき、ポケットの携帯端末が震えた。
脇田が画面を見る。
短いメッセージが届いていた。
信号、強まる。周期安定。
解析結果確定。発信源――アキュラ。
脇田はレイを見た。
「もう待ってない」
レイは頷いた。
そして、十年ぶりに言った。
「……飛ぶか」
風が強く吹いた。
空は、雲一つない青だった。
つづく
