8 大ぼらふき

放課後の体育館の中に似た、広い倉庫のような部屋だった。

倉庫の床には、何十という鉄のケージが並んでいた。

ケージの中にはそれぞれ犬がいた。

わんダフルのインジケーターが激しく点滅した。

おりに近づくと、犬たちはいっせいに立ち上がってぼくを見た。

さいわい、吠える犬はいなかった。

ぼくはわんダフルを取り出し、おそるおそる犬たちにたずねた。

「あのう、家で飼っていた、茶色の小さな犬なんだけど、ウィンキーって名前なんだけど、
ここにいないかな?」

とりあえず目の前のむく犬にそうたずねてみた。

わんダフルを使えば、犬語で伝えられるはずだ。

むく犬はまばたきもせず、じっとぼくを見ていた。

しばらくして、むく犬が口を開いた。

「その質問に答える前に、こっちの質問に答えてもらえないか。あんたいったい何者だ?」

ぼくはむく犬に向かって言った。

「ぼくはウィンキーの飼い主なんだ」

「ほう、ここの社員じゃないのか」

「ちがうさ。ぼくはここにいるやつらからウィンキーを取りもどしにきたんだ」

「ほう、とても信じられんな」

「ウソじゃない。ここに忍びこむのだって、大変だったんだぞ」

「だれもぼうやの言うことをウソだなんて言っておらんよ。 飼い犬はウィンキーという名前なんだな?」

ぼくがうなずくと、そのむく犬は後を向いて、ひときわ大きな声で犬たちに向かって言った。

「おい、 ウィンキーとやら、お前さんの飼い主がやって来たぞ」

返事はなかった。むく犬の言葉は、しんとした倉庫の中にむなしく消えた。

ぼくもけんめいに声を潜めながら名前をよんだ。

「ウィンキー、ウィンキー」

すると他の犬たちも口々にウィンキーの名前をよび始めた。

倉庫の中はかなりさわがしくなってきた。

突然、犬たちは沈黙した。

ぼくはどぎまぎしながらたずねた。

「ど、どうしたの?」

倉庫の奥のほうから声がした。

「ぼうや、ウィンキーがいたらしいぞ。もっと奥のほうに行ってみな」

たくさんのケージの間を歩いていくと、やがてキャンキャンという鳴き声が聞こえてきた。

そのケージにはウィンキーがいた。

「ヒデト君、さがしてくれたんだね」

ウィンキーは目に涙をうかべてぼくを見上げていた。

まん丸だったウィンキーがずいぶんやせて見えた。

ケージは頑丈だったが、さいわいカギがかかっていなかった。

ケージの扉を手で持ち上げ、上にスライドさせた。

「おう、ウィンキー。早く帰ろうぜ。また腹いっぽいウィンナーを食べさせてやるからな」

ケージから出てきたウィンキーは、やっぱりひょろひょろとしていた。

ぼくはウィンキーを抱き上げると、倉庫から引き上げようとした。

ウィンキーはぼくの胸から顔を出し、はげしく身をもがいた。

「みなさん、親切にしてくれて、どうもありがとう」

ウィンキーはケージの中の犬たちに別れをつげた。

犬たちの声が聞こえてきた。

「良かったな、 ウィンキー」

「あばよ、俺たちの分までかわいがってもらうんだぜ」

「え?」

ぼくはそれを聞いて、凍り付いたように一歩も前へ進めなくなった。

そうだった…君たちも連れて帰らなくちゃ。

暗やみの中、ひとつずつケージの扉を開け、中の犬たちを放してやった。

どの犬もひどく元気がなく、歩くのも大変そうだった。

「何だ、こいつは。 犬を放しやがって」

ぼくの背後で荒々しい男の声がした。

倉庫のドアが大きく開かれ そこには警備員が立っていた。

警備員は腰の警棒を引き抜き、ぼくのほうへ走ってきた。子供に棒ぎれを振り回す大人なんて、テレビ以外で初めて見た。

ぼくと犬たちは倉庫の中を逃げまわった。

逃げ足には自信があるほうだが、ウィンキーを両手に抱えていては思うように動けない。

警備員はぼくの襟首をつかんで倉庫から引きずり出した。

ぼくらのまわりには、ケージから出た犬たちが群がり、低くうなり続けていた。

「いったいなんでこんなことをするんだよ」


警備員は今度はぼくの胸ぐらをつかんだ。

ぼくはキッとにらみかえした。

「これは半年前にいなくなった、ぼくの飼い犬だ。それがどうしてこんなとこにいるのか、こっちが説明してもらいたいぐらいだ」

警備員は言葉につまっていた。だが胸ぐらをつかむ力をゆるめなかった。

「ここにいる犬たちだって、首輪がついてるのばっかりだ。 元は飼い犬だってすぐにわかるよ。 実験に使うつもりだったんだろ」

廊下の反対側から白衣を着た男たちが五人現れ、つかつかとこちらに歩いてきた。

金ぶちめがねをかけた先頭の男が言った。

「話は聞かせてもらったよ。どうやらぼうやの考えすぎみたいだ」

男はめがねの奥の冷たい目で、犬たちをにらみつけた。

とたんに犬たちはうなるのをやめてしまった。

犬たちはおびえた目をしていた。

きっとこの男なんだ。

犬たちをこんな目に合わせてるのは…。

ぼくは直感的にそう思った。

「考えすぎって、どういう意味なんだい?」

ぼくはその男に食ってかかった。警備員はなかなか手を離してくれない。

男は落ち着き払い、咳払いをひとつして答えた。

「つまり、ここにいる犬たちは、うちの会社が養っているんだ。つまり会社の所有物だよ。たまたま君のペットに似た犬がいたからって、勘違いもはなはだしい」

この時、倉庫の中で最初に出会ったむく犬がほえた。僕の胸のわんダフルが反応した。

「この大ぼらふきめ」

金ぶちめがねは、驚いたように眼を見開いた。

男の驚きはすぐに怒りに変わってしまった。

警備員は警備員で、ぼくをつかんだ手にいっそう力をこめた。

「『大ぼら』だと…..。 ぼうや、何を根拠にそう決めつけるんだ」

金ぶちはぼくをにらんだ。

「ぼくはそんなこと言ってないよ」

「言っただろ?なぁ」

金ぶちめがねは、そばにいた研究員たちにたずねた。彼らは少し首をかしげた。

犬たちは続けざまに吠えたてた。

「よく耳をかっぽじって聞け。お前はウソつきだってんだよ」

「ここにいる皆はれっきとした飼い主がいるんだ。だれがお前らなんかに養われてるもんか」

犬たちの言葉に、男は腰を抜かさんばかりに驚いていた。

犬たちの声は、ぼくの胸のわんダフルで次々と変換されていった。

ぼくは愉快になってきた。警備員もさすがに手をゆるめた。

男はうろたえながら、犬たちをどなりつけた。

「だ、だまれ。外をうろついていたお前たちを保護したのは、俺たちなんだぞ」

むく犬が前に歩み出て、金ぶちめがねを見上げて吠えた。

「まったくだ。 まずい飯を食わされて、さんざんな目に合ったぜ」

むく犬は舌打ちして言った。

「お前さんたちが考案した『ハラヘリ電波』は、実は俺たちを誘いよせる作用もあったのさ。つまり俺たちはお前たちに誘拐されたも同然さ。保護だなんておこがましい」

「クソ、こいつらを一匹のこらず捕まえろ。こぞうも逃がすな」

金ぶちは警備員と部下たちに、はき捨てるように言った。

「こぞう」だとさ。

白衣の男たちは犬たちを倉庫の中へと追い戻し、捕まえようとしていた。

警備員はぼくをどこかへ連れて行こうとしていた。

いつの間にか、ぼくの腕からウィンキーがいなくなっていた。そういえば、警備員に捕まったとき、どっかに行っちゃったみたいだ。

ぼくは必死でウィンキーを呼んだ。

ここで別れたら、もう一生会えないかもしれないんだ。

「くそっ、はなせよ、おっさん」

ぼくはじたばたした。 警備員はいっそう力をこめて、ぼくをしめあげた。

クソっ、この男…何のために警備員になんてなったんだ?

ぼくのイメージの警備員とはずいぶん違うぞ。

 

 

つづく

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