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アラアラ島では、人々が次々と船に乗り込み、島を離れていく姿が見られました。
嵐の前触れで風が強く、波も激しくうねっています。
港では、小さな帆船が何隻も揺れながら出港を待っていました。
マストには帆が畳まれ、多くは補助用のエンジンを使って港を出ようとしていました。
その中で、タントは最後の帆船に乗り込もうとしていました。
船は古い木造船を改造した船で、メインマストとフォアマストの間にはきれいな白い帆が畳まれ、船尾には小型のエンジンが取り付けられていました。
「タントさん、あんたも早く来な!」
船員のひとりが手招きしましたが、タントは気づきません。
風の唸る音に声がかき消され、そもそもタントは耳が聴こえないのです。
船員が焦りながら近づき、タントの肩を叩きました。
「ああ、ごめん!」
タントは船員の動きから言葉を読み取るようにしながら、頷きました。
タントは乗り遅れた人がいないか、まだ港を探していました。
その時、船の補助エンジンから不穏な振動が伝わりました。
「ガガガッ!」
船長が険しい表情で叫びましたが、タントにはその声は届きません。
ただ、船員たちが慌てている様子を見て、状況を察しました。
「燃料タンクに亀裂がある…配管も緩んでいる。エンジンを修理しないと、この船は風だけでは嵐を抜けられない!」
船長は罵るように周囲に怒鳴ると、工具を手に取りました。
風だけに頼るには、時間がかかりすぎる。嵐を前に、エンジンの力も必要だったのです。
船員たちは一部が帆の準備を始め、一部がエンジンの修理に取り掛かりました。
港にはタントだけが残り、まだ乗り遅れた人がいないか、待つことにしました。
風はますます強くなり、波は船を大きく揺らします。
それでもタントは船の異変に気づきませんでした。
「燃料タンクの亀裂は…これで応急処置完了!次は配管だ!同時に帆も展開しろ!風を捉えるんだ!」
船員たちは声に出しながら作業に没頭しましたが、もう誰かの声を聞くことはありません。
帆が風をはらみ、同時にエンジンの修理が進みます。
冷たい風が吹きつけ、タントの顔には汗と雨が混ざり合います。
「あと少し待つかな?…これで全員かな?」
船長が配管の最後のネジを締め直し、エンジンが再び低く唸り始めた時、ふと異変に気付きました。
帆は風をしっかりと捉え、エンジンの力も加わって、船は港から離れていたのです。
「もう港には誰も…いないのか?」
振り返ると、港の埠頭にはタント・ピエールの姿がぽつんと見えました。
船長は咄嗟に叫びましたが、自分の声がどれほど響いているか分かりません。
そもそもタント・ピエールは耳が聴こえない。
タント大臣は遠ざかる帆船の姿に手を振り続けましたが、手招きはしませんでした。
船から見ると「さよなら」と言っているようです。
「帆を戻して引き返しますか、船長?エンジンも動いています。一度止めたら、再起動出来ないかもしれません」
空には雷が光り、嵐の足音が近づいていました。
「いや、いかん。もうタイムリミットだ。この風向きでは帆を使っても戻るのは難しい。エンジンだけではパワー不足だ」
「どうしてこうなったんだ…」
「ああ、タントさん。あんたは何で…」
船員たちはうなだれました。
マストの帆は風を受けて膨らみ、船尾のエンジンは静かに唸りを上げています。

一人取り残されたタントは、港に腰を下ろしました。
「どうやら逃げ遅れた人はいないようだ」
タントは苦笑しながらつぶやきました。
「私を除いては…」
波の音を肌で感じつつ、風に帆をはらませた船が小さくなっていくのを見ながら、心は穏やかでした。
「みんな、助かるといいなぁ…」
目を閉じると、これまでのことが鮮明に蘇りました。
アラアラ島の人々と過ごした日々、笑い合った時間、助け合って生きてきた記憶。
それらが頭の中を駆け巡ります。
「みんなが無事なら、それでいい」
そう自分に言い聞かせるように呟きましたが、なぜか胸の奥にはまだ小さな希望の火が灯っていました。
「この島で、私にできる役目はみんな果たせた」
嵐が迫る中、タントの目には疲労や安堵の入り混じった涙が流れました。
嵐が吹き荒れるアラアラ島。
聴力を失ったタントはその静寂の中で、何となく自分の最期を悟り、一人で島の最期を見届けることにしました。
つづく
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