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10分後、僕と平石はトイガンを隠し、裏通りを並んで歩いていた。

通りには違法駐車の列ができていた。市民狩りから逃れてきたのだろうか。

居住区を追い出された人たちがここに流れてきているのかもしれない。

丹念に探せば、トイガンのユーザーが近くに紛れているかもしれなかった。

しかし僕たちにはもはや仲間を探す余力はなかった。

馬鹿な喧嘩をしてしまった。

トイガンを受け取る、受け取らないで殴り合い、試合後のボクサーのように二人の顔は腫れ上がっていた。

二人は歩いている途中で、ドアを開放している安ホテルを見つけた。

中を覗くと、ロビーにはソファーやテーブルが所狭しと並べられていた。たぶんバリケード代わりに設置したものだろう。

ホテルには身なりの雑な人たちが、ふさぎ込むように座り、ヒソヒソと小声で話しながら、危機が去るのを待っている状況だった。

宿泊客ではないのかもしれない。

僕と平石はホテルの中に入り、カウンターに近づいた。

パソコンを操作しているフロントの男の前に立った。彼は無言で顔を上げ、二人を見た。

平石はカウンターに身を屈め、手話で〈君がやってくれ〉と言った。〈俺、喋るの無理だ〉

僕はカウンターへ行き、落ち着き払った低い声で話した。

「部屋空いてないですか?」

「ダブルでよいなら」

「あっ、はい。それで構いません」

「それでは、入力を」

フロントの男はタブレットを差し出した。

平石はフロントの男と目が合わないように、じっと足元を見ていた。

何が恥ずかしいんだろう? 声をかけられるのが嫌なのか?

僕はタブレットに偽名を入力した。

部屋のキーを受け取り、二人はカウンターを離れた。

部屋は2階だった。

エレベーターを降り、フロアに出てすぐ右に僕らの部屋があった。

二人は押し黙ったまま部屋のドアを開け、中に入った。

部屋の真ん中に大きなベッドがある部屋だった。ベンチソファもある。

お世辞にも高級とは言えない、安っぽいインテリアが目についた。

部屋に入ると、肩からリュックサックを降ろした。

頭痛と疲労感が一挙に押し寄せてきた。

僕は平石に手話で〈身体のあちこちが痛い〉と伝えた。

平石は壁にもたれたまま、指をつまんで頷いた。〈僕もだ〉

平石は、昨日までの僕がそうであったように、窓から外の様子を窺っていた。

カーテンの隙間から、向かいのビルが見えていた。

〈ジイさんたちが警官隊にペットボトルを投げつけてるぜ〉と平石は少し愉快そうに手話で伝えた。

〈やられないうちに、大人しく逃げた方がいいのにな〉

僕はしかめっ面で答えた。

平石は好奇心からか、窓から離れようとしなかった。

〈身体を休めろよ〉

平石は僕を振り返り、首を振った。

〈君が寝ろよ。昨夜、寝てないんだろ?〉

平石に促されて、上着を脱ぐと、両肩に鈍い痛みを感じた。

平石は僕に尋ねた。〈いつから、街はこんななんだ?〉

僕はベッド脇の冷蔵庫を覗き込みながら、少し考えて〈たぶんだいぶ前からじゃないかな〉と手話した。

平石は〈警察官と自衛官だろ?〉と僕に尋ねた。〈暴力団や右翼団体が扮しているわけじゃないよな〉

僕もよくわからなかった。首を傾げるのが精一杯だった。

平石はいらだって〈あんな公務員は要らんぞ〉と激しく手を動かした。〈これからどうするつもりだ?〉

平石は僕に詰め寄った。

〈街中を逃げ回っている時、対抗勢力らしい人たちを見かけた〉

僕は答えた。

〈対抗勢力?〉平石が自信なさげに僕の手話を復唱した。


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〈対抗勢力って何だ?〉

僕も確信が持てなかったが〈たぶんこの銃を作った奴らさ〉と答えた。

〈実際に会ったのかい? その人たちと〉

平石の問いに、僕は宙を睨んだ。そして手話を続けた。

〈……それらしき人たちに、助けてもらった。でもすぐどこかに行ってしまった。そのうちの一人は確実にろう者で……手話もできてた〉

平石は無言になり、しばらく黙考した。

そして落ち着いた動作で、僕に続きを促した。〈話を続けて……〉

〈つまり仲間もいるはずなんだ。銃を作ってる奴だとか〉

〈銃って、こいつのことかい?〉

〈そう、彼らも持ってた。僕が銃を使えるのは、彼らを真似したからなんだ〉

平石は納得したのか、大きく頷いて僕の方を見た。

〈何とか、会えないもんかな。連絡先を聞かなかったのかい?〉

〈警官から殺されかかってたんだぜ。聞けるもんか〉

二人は言葉を交わすのをやめ、沈黙を続けた。

夜になると、二人はダブルベッドの両端でそれぞれ身体を休めた。

部屋の冷蔵庫にあったビールを3缶飲み干すと、やっと一息つけた。

少し酔いが回ったところで僕は話し始めた。

〈子供の頃の話なんだけど、両親は僕を普通学校に行かせたくてね。特に母親は、僕が耳が聞こえないって事実を、なかなか受け入れられなかったんだ。案の定、学校では酷い劣等生だったね。学校の先生なんか、僕を目の敵にしてたさ。無理もない、右に行けって言えば、左に行くし、左に行けって言えば、右に行くし……癪に障るんだろうね。ろう学校では指差してくれるんだろ? そんなのすらなかったんだ〉

僕は独り言のように手を動かした。

平石はじっと僕の横顔を見ていた。この男もこんな話をするんだ、とでも思っているように。

〈何しろクラスメートは……異常なほど僕をいじめた〉

話はそこで終わるべきなのに、僕の手は勝手に言葉を紡ぎ続けた。

〈だから死のうと思った〉

僕の手は語り続けた。

〈その日は大雨で川が増水していたんだ。濁流の中に身を投げて死のうと思った〉

僕は目を閉じながら言った。一筋の涙がこぼれた。

〈辛かったぜ〉

僕の手話は嗚咽するように、小刻みに震えていた。

〈泳げないから、死ぬのは確実だった。でも怖くてできなかった。何事もなかったかのように帰宅して、にこやかに夕食を摂った。母親は相変わらず不機嫌だったし、父親は相変わらず呑んだくれていた。僕が死んだら、この人たちは僕から解放される。その後は、どんな顔をして暮らすんだろうって思った〉

まるで悪夢にうなされているように回想から覚醒した。

〈悲しい顔に決まってるだろ〉僕の手話が途切れるのを待って、平石が話し出した。

〈たぶん、あの連中は何かの暗示にかかっているんだよ。俺が知ってる警察官じゃない。集団で暗示にかかっていて、誰かに操られているんだよ。でなきゃ、あんなに大っぴらに市民に発砲できるもんか〉

僕は再び手を動かした。

〈暗示というより、悪い病気にかかっているように思うな。感染症みたいにさ〉

平石は激しく頷いて同意した。

〈このままみすみす制圧されてたまるもんか〉

僕は天井の照明を眺めながら、こくりと頷いた。

そして二人は、泥のように眠りに落ちた。

つづく

夢を見ていた。



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