18.対峙
庭の松の木々が風に揺れている。
合志十右衛門の屋敷は、夜の静寂に包まれていた。
月明かりが薄く差し込む中、座敷では密かな対話が行われていた。
障子越しに漏れる灯りが庭に淡い影を落としている。
座敷では緊張感漂う空気が充満していた。
「なんと!大黒屋の娘を拉致したと申すか!?」
十右衛門の声が驚きと怒りを含んで響いた。
「これも武蔵春信を誘い出すための策にございます」
息子の仙蔵が慌てて説明を加える。
牛俵重蔵が冷静な声で続けた。
「大久保藤純の闇討ちには失敗いたしましたが、武蔵春信を討ち取れば、後は朝飯前でございましょう」
仙蔵の目が野心に輝いた。
「史恵は黙っておりましても、我が手中に落ちる運命」
十右衛門は息子の言葉に呆れた表情を浮かべる。
「そこまであの娘に執着するとは、呆れた輩よ」
そこへ、桐場屋が滑らかな口調で割って入った。
「ご家老様。大久保道場に肩入れする大黒屋に取り代わって、拙者どもに藩御用達のお許しを賜りますれば、かような心添えの一品を折に触れて進上できるということにて…」
十右衛門は一瞬考えた後、頷いた。
「よかろう。だが、昨夜の如き失態は二度と繰り返すな」
仙蔵が自信に満ちた声で父を安心させようとする。
「父上、ご安心くだされ。葛西源生先生に、またとない助太刀が加わったとか」
十右衛門の眉間に皺が寄る。
「南蛮の妖術師か、あまり関わらん方が良さそうじゃが…」
牛俵が素早く割って入った。
「ご心配には及びませぬ。武蔵春信を消すまでのことで…」
「それはそうと」
桐場屋が軽々しく言葉を添える。
「何じゃ?」
「彼らから契りの印として、このような物を預かっております。ぜひご家老様に身に着けて欲しいと」
桐場屋は懐から、宝石を散りばめ神々しく光る十字架を取り出した。
「ほう、綺麗じゃのう」
「かなり強力な護符であるそうです。武蔵春信を倒す際にも身に付けて欲しいとのことでした」
「なるほど、わしまで呪いに掛かっては堪らんからな。仙蔵にも持たせるべきかのう」
「もう一つですか?お安い御用です。報酬を弾めばよいだけの話でございましょう」
十右衛門は深いため息をつきながら言った。
「では、首尾良く運ぶのを待つとしよう」
その時、座敷の外で何かが動いたような物音がした。
全員が息を潜める中、十右衛門が声を潜めて尋ねた。
「いかがした?」
牛俵が素早く障子を開け外を確認し、戻ってきた。
「怪しき人影は見当たりませぬ」
十右衛門の目が庭の闇を見つめる。
「誰やら潜んでおる気配がしたのだが…」
仙蔵が父を安心させようとして言った。
「野良犬でございましょう」
しかし、庭に出た仙蔵の目に奇妙な足跡が映った。
「この足跡は…妙じゃの」
月明かりに照らされた土の上には、見慣れない靴の跡が残されていた。
スニーカーの跡だった。
屋敷の陰で身を隠していた猿渡飛雄は、冷や汗を額に浮かべながら路地を歩いていた。
障子に映る人影が動くのに気付いて、いち早く逃げ出せたのだ。
危なかった…もう少しで見つかるところだった…。
飛雄は仲間たちにこの情報を伝えるため、急いで大黒屋へと戻っていった。
つづく
